9月13日から16日、インドのムンバイにて、インド舌側矯正歯科学会 が開催され、特別講演を頼まれましたので、行って来ました。
インドでも舌側矯正専門の学会は満員でした。
じつは、インドの先生達からは、数年前から来てくれと お声を頂いていたのですが、なかなかスケジュールが合わず、毎年断っていました。
昨年の夏頃でしたでしょうか、今回の学会の日程と招待についてメールを頂いたのですが、やはり予定が入っているのでと辞退したところ、Hiroの来れる日に学会の日程を変更するから、都合のつく日を教えてくれ、とのこと。
そこまで言われると、断るわけにはいきません。
ナントカ舌側矯正学会の会長なら兎も角、僕ごとき ヒラの田舎の矯正医の事情で 学会の日程を変更しちゃだめだ、なんとかスケジュール調整して行きます、と返事をしたのですが、、、まずビザの申請が大変でした。
約1ヶ月前のお盆前に 東京のインド大使館に申請書類とパスポートを送ったのですが、待てども帰ってこない。
電話すると、「あ〜〜ヒロさんのは、書類不備で止まったままですね〜」とのこと。
なんてこった、電話していなければ、いつまで経っても返送もされて来なかったってこと?
学会に間に合わないから、すぐ送り返して下さいと頼み、書類を一から作り直して送りましたが、あと1週間しかない。
2日前になってもパスポートが戻って来ず、何度かインドビザ申請センターに電話しつつ、もしかしたら行けないかも知れない旨を ILOCにもメールをしていたのですが、電車の出発当日の朝、パスポート、ビザが戻って来ました。
診療を午前中で終え、パスポートとスーツケース片手に昼飯も食べずに特急あずさに飛び乗りました、、やれやれ、、。
羽田発 全日空機でムンバイのチャトラパティ・シヴァージー国際空港に到着、空港内は他の空港と同じなんですが、、。
お迎えの先生を見つけ、車に乗り、ホテルに向かいます、、、街に出て唖然としました。
空港周辺はいわゆる「スラム」(この言葉は好きではありません)で、走っているバスもボロボロ、靴を履いていない人や、服を着ていない人が道路を歩いています。
トゥクトゥクと原チャリがバスや車の僅かな隙間を縫って、クラクションをブーブー鳴らしながら走り抜けます。
学会が用意してくれたホテル、Hotel Lalit Mumbaiに着いて、また驚きます。
まず、ホテルの敷地内に入るのに、成田空港のような車両チェックがあり(成田のような形式だけのチェックではなく、一台一台真剣にチェックしていました)、そして車を降りて、ロビーに入る際にも、空港と同じレベルの検査。
ホテルから見る景色はこんなで、今にも崩れそうな建物にブルーシートがかけられています。
これらは全てお店であり、住居でもあります。
チェックインして、会長の Dr.Pravin Shetty、Co-chairmanの Dr.Jignesh Kothari、そしてSecretaryの Dr.Tushar Hegdeが 晩御飯に招待してくれます。
ホテル1階のレストランに行こうと言われたのですが、僕はインド料理が食べたいとリクエストしてみました。
案の定、とても美味しいディナーでした。
翌日13日とその翌日は、朝から Pre-congress courseです。
学会に招待されたときに、受けてみたい旨を伝えましたら、こちらも無償で参加させて頂けました。
プレでも何か講義してくれ、と言われたのですが、遠慮させて頂き、2日間、聞き手で参加させて頂きました。
プレコングレスコース終了時の記念撮影
滞在中は、朝からインド料理を頂きました。
美味しいからたくさん食べてしまう、、帰って来たら 5㎏太っていました、、。
翌15日は、学会初日です。
先日、イタリアのコモで開催されたヨーロッパ舌側矯正歯科学会会長の Dr.Vittorio Cacciafestaは 2D Lingualについて、インドの Dr.Jignesh Kothari、Dr.Pravin Shettyの両先生は、CAD/CAMを使った Customized Lingual Bracketsについての講演です。
Customized Lingualの元祖といえば Incognitoですが、開発者の Dr.Dirk Wiechmannは、現在は Incognitoの権利を3Mに売却し、現在はオリジナルのシステムで治療を行っています。
今回の学会でも、他の舌側矯正学会と同じく、Incognitoの Userがプレゼンをしていましたが、今回は非常に気分が悪かったです(いつもは別にそう思いませんが)。
彼は自分がスーパードクターだと言わんばかりの講演で、私は、「クラシックカー」だと馬鹿にされました。
自分が這い上がる手段として、人をおとしめたり、人を馬鹿にしたりする。
負けて悔しいなら、人一倍努力すれば良いことで、ひとの邪魔をするべからず、それが私の考え方であり生き方です。
学会という公の場で こうゆう事を平気で言う「奴」は、人間的レベルも、矯正学的レベルも推して知るべしで、私に言わせれば、 Incognitoは 彼が考えたわけでもなく、ただのユーザー、それを宣伝して回るというのは、3Mのinstrumentにすぎない。
診断はコンピュータに委ね、装置は prescriptionから何から何までメーカーが作ったものを使用し、治療に用いるワイヤーもまたメーカーがベンディングマシンで屈曲したものを入れる。 Bending freeだとか、Low profileだとか、Classic carだとか言う前に、矯正歯科の基礎から勉強しなおせよ、と言いたいです。 なぜなら、彼の治療は矛盾だらけで、歯科矯正学という学問の基本原則をも守っていない。
学会で人の事を馬鹿にする前に、日本に来て、恐ろしいハイアングル、 恐ろしい叢生の症例を治してみろ、と言いたいです。
日本の矯正専門医の先生方は、僕の言っている意味は容易におわかり頂けると思います。
翌16日は学会2日目、10:30から30分間、僕の出番でした。
新しいリンガルブラケットの紹介と、全て自動化する事の危険性についてお話ししました。
そうです、昨日の彼に意見をいうために、朝からプレゼンを作り直したのです。
でも、彼は会場に居なかったようですが、、。
別にジョブスの真似をしているわけではないんですが、質疑応答で答えている時は、こうなりました、、。
講演を終えて感謝状を頂き、すぐにチャトラパティ・シヴァージー空港に向かい、帰路に就きました。
翌日からは、いつもどおりビッシリと予約の入っている患者さんの治療に戻りました。
今回の学会も観光など一切無しの仕事オンリー、世間には「学会」という名目のもとに観光旅行をしている先生もいますが、自分ものんびり観光したいなあ、、、。
Presidentの Dr.Pravin Shetty
お招き頂いたことを心から感謝します。
2013年10月7〜9日、松本市のキッセイ文化ホールにて、第72回日本矯正歯科学会大会が開催されました。
日本矯正歯科学会大会は、全国に29校ある国公私立歯科大学が順に主管となって開催されるもので、今年は松本歯科大学に順番が回ってきたために、松本市で開催されました。
今から23年前、私が医局に在籍した当時、松本歯科大学が主管となり、第49回の日矯学会を開催したことがありましたが、当時は松本市内には数千人規模の宿泊施設を確保することが不可能であったことに加え、大きな会場もなかったために、長野市の県民文化会館で行いました。
今と違って、コンベンションサービスも無いに等しい状態で、会場設営から、演題採否から、抄録集印刷から、まさに1から10まで全て、吉川先生の陣頭指揮の もと、私達医局員が徹夜で準備し、学会当日はホテル不足のために、私達医局員は旅館の大部屋に雑魚寝したのを思い出します。
この旅館は、今は結婚式場とレストランとして存続されており、歴史のある素晴らしい建物の中で、礼儀の行き届いたスタッフが対応してくれる素晴らしいお店です。 皆様も長野市に行く機会がありましたら、是非お食事をお楽しみください(事前予約されたほうが良いと思います)。
今回の日矯学会では、私が新しく開発したオリジナルの舌側矯正専用ブラケット、すなわち mienai lingual bracket systemと、もう一つ、セルフライゲーションブラケットについて学術展示を行いました。 今や舌側矯正用ブラケットは各社からいろんな物が販売されていますが、本当に満足の出来るブラケットは無いだけでなく、中にはワイヤーの性能を十分に発揮する事さえ出来ないブラケットも販売されています。
そういったブラケットを使用することで迷惑するのは、患者さんであり、私達矯正歯科医です。
そこで、まず絶対条件として、矯正医の意志に忠実に歯のコントロールが出来るブラケットを開発することを目的として、Normal ligationの .018 Horizontal slotのブラケットを開発しました。
そして、Self ligationの物は、蓋が確実に閉められるだけでなく、ワイヤーに押されて蓋が勝手に開いてしまう事が無い、しかも角がない round shape、かつ表面が滑沢な flash surfaceで、軟組織を傷害することがないというもので、トルク設定を変えるだけで通常の外側からの矯正用ブラケットにも、舌側矯正用ブラケットにもなるという優れものです。
現在、ひろ矯正歯科で使用している超小型のブラケット(Hiro brackets)も、私のオリジナルで、これは1996年に製作、治療に使い始めてから17年が経過します。
Ormco社製 Kurz applainceを使っていた頃は、舌が痛い、話が出来ないなどの問題で治療を中断する患者さんが非常に多かったですが、Hiro bracketsに切り替えてから、患者さんの苦痛は劇的に改善され、現在でも良好な治療結果を得ています。
今回のブラケットは、この Hiro bracketとは全く次元が違う、まさに素晴らしい Lingual applianceです。
2014年2月頃には販売開始の予定ですので、患者さんの皆様、矯正医の先生方、御期待下さい。
学会の前日の日曜日は、竹元先生御夫妻を善光寺〜白馬ジャンプ競技場に御案内、そのあと、温泉で晩御飯も御一緒させて頂きました。
今の自分があるのは、竹元先生のおかげで、常々感謝しております。
先生とはリンガルの学会などで毎年何度かお会いしますが、いろんな事をお話させて頂く機会はないので、とても貴重な1日でした。
1日中、快晴に恵まれました。 ヒルのてっぺんは、さすがに怖かったですが、飛んでいるのを間近で見れたのはラッキーでした。
学会で目にとまった発表は、まず、 North Carolina大学 Sheldon Peck教授の「Extractions, Retention, and Stability: The Search for Orthodontic Truth」という講演でした。
矯正歯科では何故抜歯をすることがあるのか、何故健康な歯を抜くのか等々理解出来ず、「抜かずに治してくれる先生を求めて何百里」という患者さんもいますが、私達矯正歯科医は、抜きたくて抜いているわけではなく、出来る限り抜歯を避けたいと考えていることを御理解ください。
抜歯治療では、矯正歯科学の evidenceに基づいた診断能力が求められるだけでなく、抜歯空隙の閉鎖の際に起こる side effectをコントロールする技術や保定に対する配慮等々、非抜歯治療に比べると遥かに高度な知識と治療技術が必要となります。
抜かないで治そうと思えば、患者さんの歯にブラケットを貼って、ワイヤーを通すだけで歯は真っ直ぐにはなり、とっても簡単、very easy、治療の技術も何も必要ないですが、こんなものは矯正治療ではありません。 ただの「歯並べ」、「矯正ごっこ」です。
患者さんも、「何処に行っても抜かないとダメだと言われたのに、●●歯科では抜かないで治して貰えた」などと喜んでいてはいけません。 抜歯をすべきなのに、非抜歯で治療したために、前歯が極端に前方傾斜したり、無理な拡大で歯根が歯槽骨から飛び出してしまったり、取り返しのつかない事になっている患者さんが何と多いことか!
Peck教授は、抜歯の判断基準は、大学によっても先生によっても異なるということを日本の各大学や開業医の抜歯の percentageを比較され、驚いたことには、日本には抜歯率0%(すなわち非抜歯100%)というドクターが居るという事にまで言及され、「このドクターは矯正歯科というものをわかっていない」、「異常である」と仰っていました。 全く同感です。 ドクターと呼んで良いのでしょうか、、。
さらに、昨年に続き、歯材協の小川さんは、医療過誤の症例を提示され、あまりにもひどい治療が多い、矯正学の基本というものを全く理解していない先生がいる、という現状について話され、滅茶苦茶になっている症例の資料を患者さん了解の上で公開され、「実践なき者は証明無し、証明なき者は信用無し、信用無き者は尊敬無し」、「一般歯科医や社会に対し、リスクを含めた矯正歯科の正しい情報発信が必要である」と、力説しておられました。
これらは、私が日頃から ひろ矯正歯科のホームページに書いている事ですが、私は、患者さんへの情報発信ももちろん必要ですが、歯科医自身が「勉強は自分でする」、「自分に出来ないことはしない」、「嘘をつかない」等々、医療人としての最低限のモラルを守ってくれない事の方が問題であると思います。
患者さんも、今や情報収集は昔とは比べものにならないほど簡単に、広く深く出来るわけですから、基本的な知識を勉強してから受診されれば、取り返しのつかないことにはならないんじゃないか、と思います。
私は、一般歯科の先生は矯正をやるなとは言いませんが、目を覆いたくなる症例が非常に多いことは事実です。 「患者さんは模型実習では無い」、「やる以上はきちんと責任を持ってくれ」、ということを言いたいのです。
このブログを読んで腹を立てた先生は、自分の手を付けた症例を世界で認められている試験機関に提出してみて、評価を仰いで貰えばいかがでしょうか。
患者さんは先生方の小遣い稼ぎのカモではないのです。
治療前の写真を撮れなかったので、この状態が如何に滅茶苦茶であるか、おわかりにならない方もいらっしゃるでしょうが、、、。
ホームページにこんな事が書いてある医院は、行ってはいけません。
さらに日矯学会からは、専門医制度についての現状について説明がありました。
すなわち、日本矯正歯科学会と、後から学会となった発足した日本矯正歯科協会、日本成人矯正歯科学会が、それぞれ専門医制度を設けており、厚生労働省は基準を統一することが必要との見解であるとのことでした。
私が思うに、日矯学会は他の2団体に対し、専門医制度を即刻やめるように通達し、従わない場合は、関係者を日矯学会から除名・退会処分とする、それくらいの迫力を見せて欲しいと思います。
このままでは、迷惑するのは日矯学会だけで無く、日本矯正歯科学会の会員でもあるのですから!
●●党議員が 党の政策に従わず、しかも妨害行為に走れば、即刻離党・議員辞職になるのは当たり前なのです。
折しも、日本舌側矯正歯科学会が先日、「アクティブメンバー」から「認定医」と名前替えを行った事も、何故にこのタイミングでそうゆう浅はかなことをするのかと、全く理解に苦しみます。
これを機に、自分の加入している学会を今一度見直し、本当に必要な学会以外は退会しようと考えております。
今回の日矯学会開催に際し、Dr .Germain Beckerが来日され、ひろ矯正歯科を見学されました。
じつは、2011年4月、WSLOが大阪で開催された際に、学会の前に Alain Decker教授や Lionel, Germainや奥さん達、総勢10名ほどで ひろ矯正歯科に診療見学に来られる予定だったのですが、直前に東日本大震災による原発事故が起きたために、フランス政府は日本に渡航禁止を発令、来れなくなってしまったのでした。
Alainや Germainと お気に入りの海鮮居酒屋に行くことを楽しみにしていたのに、キャンセルとなってとても残念でしたが、Alainが今年の春、逝ってしまったため、叶わぬ夢となってしまいました。 彼の死は、いまだに信じられないです。
学会も終わり、搬出がみんな終わっていますが、Germainに新型ブラケットについて説明しているところです。
10月8日の晩御飯は、Germain御夫妻と瓜生先生を ヒカリヤニシにご案内。
10月9日のお昼は、瓜生先生の弟さんと技工士さんも加えて、メゾンドヨシダに、
10月9日の晩御飯は、かつ玄にご案内しました。
政治目的でこうゆう接待を行う先生が多いですが、私はそういった政治力には全く興味ありません。
ナントカ学会の会長という肩書きなどなくても、世界の先生達は私を inviteしてくれています。
Germainには、いつもヨーロッパで御世話になっているので、その御礼で接待した、それだけです。
こうして友達が遊びに来てくれるというのは、嬉しいものですね。
11月末は、バルセロナの大学に呼ばれています。
年内の出張はそれで終わりの予定です。
昨秋、フランスの Dr.Didier Fillionから、2013年7月に パリで世界舌側矯正歯科学会が開催されるから、Key note speakerとして来てくれないかとメールを頂きました。
今回のWSLOは参加しないつもりだったのですが、招待された以上、余計なことは一切考えずに、即答でOKしました。
暫くすると、Pre-congress courseもやってくれと頼まれ、これも快諾しましたが、いつもながら、準備する時間がありません。
学会 3ヶ月ほど前になると、気になって、自然に朝 5:00前に目が開きます。
まだ家族が寝ている中、一人パソコンに向かい、プレゼン準備をします。
学会が終わると、何故か起こされるまで目が開かないのは、不思議なものです。
いつもどおり、中央タクシーで成田に向かい、タクシーの中、ホテル、機内でと、寝ずに仕事を続け、会場の cnitには1日余裕をもたせて現地入りしました。
当日ホテルに着いてすぐ、近所のスーパーマーケットに食料とビールを買いに出掛けます。
夜中に目が覚めて、腹ぺこでも食べる物が何もないというのが経験上わかっているからです。
サンドイッチを1つ買ったら、もう1つおまけしてしてくれたので、部屋でウエルカム・ワインと一緒に頂きました。
部屋からは cnit前の広場が一望できますが、、
外からは、このようにホテルの部屋は全く見えません。
この白い看板のような物にはレースのようになっていて、部屋の中からは外が見えるけれど、外からは部屋の中が見えないようになっているんです。
時差ぼけと闘いながら仕事を続け、翌日も朝からプレゼン準備です。
昼過ぎには、ほぼ出来上がり、あとは練習するのみとなったので、地下鉄、電車を乗り継いでパリ郊外の Alainのお墓を尋ねました。
電車を降りて、駅前で花を買い、タクシーでお墓に向かいます。
4月に来た時に、Lionel に連れって来て貰ったので、場所を覚えていたのです。
この間は、亡くなって間がなかったので、墓石はまだありませんでしたが、今回はラブラトールという、キラキラと輝く宝石のような石で立派なお墓が出来ていました。
お花を添え、私の新しく開発した新しいブラケット「mienai DNA bracket」をその横に供え、お祈りし、その夜は Alainの奥さんと息子Lionelと3人で、思い出のレストラン「WEPLER」で食事をしました。
ついこの間はココで一緒に食事をしたのに、、。
Alainが逝ってしまったということが、いまだに信じられないです。
翌日、学会は7月4日木曜日の朝9:00から4時間 Pre-congress courseにて講演、13:30に Opening ceremonyで、私のKey note speakerとしての講演は 17:00からです。
Pre-congress courseでは、 「mienai DNA bracket」について、その開発秘話と、一見同じように見えるブラケットに隠された秘密を解説すると共に、正確なボンディングが如何に大切か、症例を提示しながら解説しました。
Key note lectureは、抜歯の必要性と、埋伏歯の牽引についてお話しさせて頂きました。
まず抜歯の必要性については、白人では全体の90%が非抜歯症例ですが、日本人では70%が抜歯症例であるという理由の説明を行いました。
すなわち、叢生の違いと骨格系が白人とアジア人では異なるのだということ、本来抜歯すべき症例を無理矢理拡大し、非抜歯で治療したために歯をダメにしてしまっている症例が後を絶たないということをわかりやすく説明しました。
さらに、私達矯正歯科医は抜きたくて抜いているのではない、出来る限り歯を残したいと努力しているのだということを証明するために、埋伏智歯の開窓牽引症例を提示して立証しました。
もちろん舌側矯正の症例、外側には一切装置が付いていません。
Pre-congress courseは英語で行いましたが、この 30分間の Key note lectureは、フランス語で行いました。
会場は満員御礼でしたが、写真を撮り忘れ、このようなガラガラの写真しかありません。
この会場がほぼ満席になりました。
発表は、Alainに追悼の意を表して、上下黒で。
今回の学会は、Welcome cocktail partyも、 Faculty dinnerも、 Gala dinnerも出ないつもりで家を出ましたので、ダークスーツは持参せず。
WEPLERで食事する時の上着一枚だけ持って来ました。
でも、Lionelや、たくさんの友達が一緒に Galaに行こうよと誘ってくれたので、 ジャケットにブルージーンでお洒落に決めて出掛けましたが、、、会場に着いてみると、いつになく格式高いレストランで、ノーネクタイ、ブルージーンは禁止とのこと。
Galaは出ないで、市内散策へと予定変更しました。
まず、リバークルーズでパリの街を川から眺めます。
夕日に映えるエッフェル塔が綺麗でした。
その後は、お気に入りのレストランで一人、ディナーを頂きました。
このレストランの名物は、赤ワインのフォンデューです。
普通フォンデューといえば、チーズフォンデュ−か、まあ、あったとしてもオイルフォンデューでしょうが、、、ここのフォンデューは、チーズでもオイルでもなく、赤ワインなんです。
赤ワインを鍋にかけて、そこに串に刺した肉を入れて火を通して頂くのです。
これが最高に美味しく、何度食べても飽きません。
デザートは、赤ワインのコンフィのプリンです。
小さなレストランですが、ここは何を食べても最高に美味しいです。
食事を終えて、夜のパリをぶらつき、地下鉄で帰ります。
真夜中だったので、誰も乗っていません。
パリでは、地下鉄を使うと行動範囲がグンと広がりますので、是非皆さんもトライしてみて下さい。
切符は大体ホテルで買うことが出来ます。
市内統一料金で、入るときに切符を通し、出るときは切符を出す必要はありません。
混んでいるときはスリが居ますので、気を付けてください。
パリ市内にて。
この白い車は、シトロエン2CVという、歴史に残る名車です。
一時期所有していましたが、欲しいという人がいたので安く売ってしまいました。
老後のために置いておけば良かった、、、勿体ないことをしました。
次の学会は、10月に日本矯正歯科学会が松本市で開催されます。
この学会では、新しいブラケットの紹介を行います。
その2週間後には、インディアナ大学のセミナーが大阪で開催されますので、お手伝い。
その後は、11月、バルセロナに行きます。
以前にカタルーニャ国際大学の教授である Fernandoに無理をお願いして、友達を1年間受け入れて頂いたことがあるのですが、その御礼と挨拶がまだなので、大学を訪れていろいろと世話になった御礼と挨拶をしに行きます。
この日記を書いているのは、まだ8月ですが、もう、来年の春の準備をして居る状況です。
ああ、忙しい、忙しい、、。